ジェームズ5世が王の居所として建築を命じたThe Palaceです。1200万ポンドと5年の歳月をかけて修復され、2011年に公開されたばかりです。
窓に据えられた格子のため、どちらかというと無骨な外部に比べ、内部は(修復や再現の結果ですが)さまざまな調度品や装飾で住居らしい温かみを持っています。
The Queen's Inner Hallと呼ばれる部屋です。当時の服装をした女性が手にしているのはイッカク(クジラ)の角ですが、当時はユニコーンの角と信じられ、再生の象徴でした。
The Palaceを作り始めたのは1538年、しかしジェームズ5世は1542年に亡くなります。イングランド王ヘンリー8世の軍隊とSolway Mossで戦い敗れ、(すでに病気がちだったようですが)12月14日にファイフのフォークランド宮殿で30歳の生涯を閉じました。娘のメアリー・スチュアートは12月8日にリンリスゴー宮殿で生まれていましたが、会うことはできませんでした。
メアリー・スチュアートは生後6日でメアリー1世として王位につき、1943年7月には母親のMary of GuiseとともにStirling Castleに戻り、城内の旧チャペルで戴冠式を行いました。
The Palaceは1545年に無事完成します。
はじめ、メアリー・スチュアートの摂政には第2代アラン伯ジェームズ・ハミルトンが就任しましたが、のちには母親のMary of Guiseがその任に着いています。The Queen's Inner Hallの女王の座にはMary of Guiseが座り、政務をこなすため、多くの人と接見しなければならかったでしょう。
王が下した決定さえ、公然と不満が表明され謀反が起こる時代です。フランス王家のカソリック信者であったMary of Guiseが摂政の座にいて物事がすんなり行くはずはありません。イングランドはスコットランドともフランスとも敵対していましたし、ジョン・ノックスは彼女のことを毛嫌いしていました。そんな中で、数々の問題を抱えながらも国を治めた彼女は女傑と言えるかもしれません。
部屋の壁には「The Hunt of Unicorn」のタペストリーが架けられ、追われ、殺され、蘇るということが繰り返されるユニコーンの物語を綴っています。もちろん、ユニコーンとはスコットランドの象徴です。非常に美しく、優雅な織物ですが、不滅のスコットランドというより、際限なく繰り返されるスコットランドの災難を見ているような気もします。
タペストリーは7枚からなり、城内の工房で復元作業が行われ、2013年に完成を見ました。1枚に2~4年の歳月がかけられています。
Stirling Castleの公式なビデオで、The Palaceの内部の様子、修復の過程などを見ることが出来ます。
Stirling Castle
Stirling FK8 1EJ