2015年4月30日木曜日

National Museum of Scotland その3


16世紀の刀剣類です。一番左の大剣はクレイモアと呼ばれ、平均的な長さは柄も含めて1.4メートル、重さは2.5キロほどです。典型的な両手剣で、日本刀がだいたい1.5キロくらいなので、かなり重めですが、柄の先に球状の重りがつき、案外に振り回しやすいそうです。2番目、4番目はもち手を守るバスケットと呼ばれるガードがついています。3番目はやはり両手剣ですが、クラムシェル(アサリの貝殻)型のガードが付いています。


中世以来のクレイモアでの戦闘は、両手剣ですので剣一本での攻守となりますが、近世のハイランダーの伝統的な剣術は、盾の裏にダークと呼ばれる短剣を隠し持った使った二刀流と言われています。利き手にバスケット付きの長剣、反対の腕に盾を構え、手には大振りなナイフを持ち、剣で攻め、隙を突いてナイフで手傷を負わせるというものです。

博物館2階、3階は近世スコットランドを扱ったScotland Transformed(変わるスコットランド)の展示ですが、変わるというより激動の時代と言った方が適切かもしれません。宗教改革同君連合ジャコバイトの蜂起が起きた時代の品々が展示されています。


18世紀の銃砲です。上は当時の典型的なフリントロック式、火打石(flint)をネジ止めしたクラシックな様式です。別の場所には角笛型の火薬入れもたくさん展示されていました。

下は大砲に装てんする薬きょう(breech-chamber)です。昔の大砲というと、先込めをイメージしますが、元込めの大砲は14世紀ごろには発明されていて、ビールマグのような容器に火薬を詰め、大砲の根本に弾丸とともに装てんして使っていました。


ヴァージナル(virginal)と呼ばれる鍵盤楽器、チェンバロの一種です。ルネッサンス後期~バロック初期に人気のあった楽器で、同種の楽器の中でもシンプルな構造で、弦は単線で横に張られています。

15世紀中盤~16世紀中盤の作で、恐らくスコットランド製と考えられています。


古い教会の祭壇と説教壇です。保管状態も良く、美しい彫刻が施されています。幅はそれほどではありませんが、高さがあり、これが収められていた建物のサイズはかなり大きかったのではないかと思います。


背が高く2フロアでも収まらないので、上の階の天上を越えた展示となっています。

National Museum of Scotland
Chambers Street
Edinburgh EH1 1JF

2015年4月15日水曜日

National Museum of Scotland その2


新館一階の展示室にあるルイス島のチェス駒です。11個あるはずですが、展示は10個でした。キングが3人、クイーンが2人、ビショップ2人、ナイト1人、ルーク2人、クイーン以外は大きさもバラバラ、デザインも微妙に違います。

アウターヘブリディーズ諸島最北端のルイス島で1831年に発見されたこのチェスの駒は謎でいっぱいです。Malcolm Sport MacLeodがCamas Uigの砂丘で見つけた石の小箱にはチェスの駒78個、何らかのゲームに使われる円形のコマ14個、ベルトバックルの彫り物1個が入っていました。

チェスの駒はセイウチとクジラの歯を彫ったもので、諸説あるのですが、ノルウェーのTrondheimで12世紀に作られ、当時、同地を含む一帯を支配していたノルウェー人が持ち込んだものと推測されています。中世のチェス駒は珍しく、貴重なコレクションのひとつです。

78個の内訳はキング8、クイーン8、ビショップ16、ナイト15、ルーク12、ポーン19、大きさでグループ分けすると5種類のサイズに分けられます。8セットが入っていたのかもしれませんが、それにしてはポーンが少なすぎます。なにより、誰の手に渡るものだったのでしょう。

見つけたMalcolm Sport MacLeodは農作業小屋で人に見せ、それをRoderick Ryrieが購入、彼はエジンバラのSociety of Antiquaries of Scotlandで披露、Kirkpatrick Sharpeが11個を、大英博物館の代理人が残りを購入しました。

現在National Museum of Scotlandで展示されているのは、Kirkpatrick Sharpeが入手した11個で、残りは大英博物館で展示されています。


ギョロリとした眼が特徴的、愛嬌があり非常に味があります。デフォルメされた大胆なデザインですが、細密な文様が彫られた部分もあり、細工はなかなかのものです。

いくつかのチェスの駒は赤く着色されていたことが確認されています。今は白黒ですが、かつては赤白が普通だったようです。

それにしても、どういう考えでこの11個を選んだんでしょう?出来の良いのを選んだということでしょうか?


同じく1階に展示されているモニムスクの聖骨箱(聖人の遺骨お納めた箱)です。750年ごろにアイオナ島の僧侶によって作られたと考えられており、デザインはピクトとアイルランドの混成、木箱を銀と銅で覆うアングロサクソンの技術が用いられています。一部着色されており、今も鮮やかな色合いを残しています。

かつては数多く存在した聖骨箱も多くが失われ、非常に貴重な存在です。

中身は失われていますが、もとは聖コロンバの遺骨の一部が納められ、スコットランド軍が戦地で戦士の祝福に用いたといわれていますが、それを裏付けるものは確認されていません。

アバディーンの西にあるモニムスク村から程近い、フォーブス一族の居所、House of Monymuskで保管されていたため、その名が付いています。16世紀まではForglenにあったと言われています。

1933年にロンドンでオークションにかけられるはずでしたが、The National Art Collection Fundが出資して、聖骨箱は博物館の収蔵品になりました。


Lamont Harpの名で知られるハープです。もとはLamont一族が所有していたもので、少なくとも15世紀の作とされ、スコットランドでもっとも古い2つのハープのひとつです。材質はシデの木で、真鍮の金具が用いられ、現在は弦が失われていますが、一部に金属弦が使われていたのではないかと考えられています。

ハープは結納品のひとつとしてLamont一族からRobertsons of Ludeの一族に贈られ、19世紀初頭まで同家で保管されていました。現在はJohn Stewart of Dalguiseが所有し、博物館に貸与されています。

偶然ですが、ハープの向こうにルイス島のチェス駒が見えています。


National Museum of Scotland
Chambers Street
Edinburgh EH1 1JF

2015年4月13日月曜日

National Museum of Scotland その1


National Museum of Scotlandはエジンバラの中心地、ジョージ4世橋の南端、Chambers Street沿いにある博物館です。建物は1866年開館の旧館と1998年開館の新館に別れ、2つは通路でつながっています。

写真は新館の東側です。新館のパトロンには当初チャールズ王子が加わっていましたが、設計に十分な論議が尽くされていないという理由から、出資を辞退してしまいました。


新館の西側です。建物には数多くのスコットランドのモチーフが使われていると言われていますが、良く分かりません。建物の上部の白い部分は、なんとなくアザミかなとも思われますが、確信はありません。ただ、非常にモダンで印象的な建物であることは確かです。

当初、旧館はThe Royal Scottish Museum、新館はMuseum of Scotlandと呼ばれていたため、現在もこの呼称で呼ばれることがあります。旧館には世界各国からの古今の収集物、自然科学に関する展示が、新館にはかつてのNational Museum of Antiquities of Scotlandからの収蔵品が展示され、スコットランドの有史以前から現代に至る歴史的な展示が行われています。


1998年の開館後、改装されて16の展示室が追加され、2011年にリニューアルオープン。収蔵庫に眠っていたおよそ8千点が追加で展示されました。


新館西端のエントランスです。広大な空間ですが、この奥にはさらに広大な展示室が広がり、スコットランドの歴史的収蔵品がこれでもかと言うほど展示されています。

館内は無料のWiFiが利用可能です。


National Museum of Scotland
Chambers Street
Edinburgh EH1 1JF

2015年4月9日木曜日

Mairi Mhor: Her Life And Songs

Mairi Mhor: Her Life And Songsは1994年に製作されたテレビ映画で、BBCで放送されました。全編ゲール語、英語の字幕つきという特異な作品です。監督のMike Alexanderは主にテレビ番組の制作で知られていますが、舞台はスコットランドが多く、ゲール語の映画はこの作品のほかにAn Ceasnachadhがあります。

Mairi Mhor 1

Màiri Mhòr nan ÒrainことMarry MacPhersonは1821年、スカイ島の生まれです。家族は小作農を営み、一時はカナダに移住していましたが、帰国し、グラスゴーを経て再びスカイ島に戻ってきました。

1844年、彼女はスカイ島を離れ、インヴァーネスへ行き結婚し二人の子供をもうけますが、1871年には夫が死に、生活のため家政婦として働きに出ます。ところが、働いていた家で窃盗があり、彼女が疑われました。彼女はゲール語しか出来ませんでした。わけも分からず英語の裁判が終わってみると、彼女の禁固刑が確定していました。

1年間の収監の中で、彼女は自分の無実を訴えながら、その怒りと悲しみの中でゲール語の歌を作り始めます。そして刑期が終わると、 政治活動に関わりながら、機会あるごとに自作の歌を披露するようになりました。その歌は詩的な美しさよりも、むしろ心情を明瞭に力強く歌い上げており、怒りのようなものがこめられることもあります。

現在、Màiri Mhòr nan Òrainは19世紀で最も多作なゲール語詩人として知られており、Nuair a bha mi òg、Eilean na cheòなどはスコットランドのスタンダードなゲール語歌謡として広く知られています。

映画はMairiが逮捕されるところから始まり、詩人として名を成し、故郷に帰るまでが描かれていますが、合間ごとに歌が挿入され、彼女の作品を聴くことが出来ます。映画の中の歌はバラ島出身のCatherine-Ann MacPheeが歌っており、CDも出ています。

Mairi Mhor: Her Life And SongsはYouTubeで全編見ることが出来ます。

Mairi Mhor