2015年2月1日日曜日

Stirling Castle その6


The PalaceにあるThe King's Inner Hallです。美しい天井はThe Stirling Headsと呼ばれ、人物像をメダル状の縁取りで囲んだものが34個配列されています。その姿はジェームズ1世、ジェームズ4世、ジェームズ5世の最初の妻Madeleineなど王家の人々、聖書や神話の登場人物、ユリウス・カエサルのようなローマ人、道化師などの廷臣、ヘラクレスなどの英雄が選ばれ、王家の由緒や権威を示すものになっています。

The Palaceは実際に住まいとしても使われましたが、王家の財力を示すため、接客に使われました。もしジェームズ5世が数年長生きしたなら、彼はこの部屋で来客と接見したことでしょう。この建物が出来上がったとき、王座にはメアリー1世がいました。彼女は1548年までここに居ましたから、摂政である母親の補佐のもと、幼い女王がその席に着くことも、あったかもしれません。

1547年、イングランドの猛攻が始まり、危険を感じたMary of Guiseはメアリー1世をフランスに送りだします。1558年、メアリー1世はフランス国王アンリ2世の王太子フランソワと結婚、同年にアンリ2世が亡くなるとフランス女王を兼務することになりますが、その間もMary of Guiseは1回だけフランスを訪問しただけで、摂政としてStirling Castleでスコットランドを治めていました。イングランドの攻撃は続き、内政も不安定、経済的にも困窮、フランスからの援助もないまま、1560年にエジンバラ城の強化を行う中、彼女は亡くなりました。彼女の遺体は秘密裏にフランスに送られ、Fécampで行われた葬儀にはメアリー1世も参列しました。すでにフランソワ1世は亡くなって、彼女はフランス王妃ではありませんでした。

Mary of Guiseの死には、その様子から毒殺の疑いがかけられています。

翌1961年、メアリー1世はスコットランドに帰国。母親が担った難しい国策を継ぐことになります。 


The King's Inner Hallの天井に現在据えられているものは複製品で、オリジナルは1777年に持ち去られ、散逸していました。現在その多くが回収され、Stirling CastleのThe Stirling Heads Galleryで展示されていますが、もともといくつあったのか、その数さえ明らかでなく、少なくとも2つが火事で失われています。


現存するThe Stirling Headsは木地のままですが、塗装の痕跡が確認されており、彩色されていたことが分かっています。上の写真のように、複製品は木彫に白の下地を塗り、彩色を施してあります。



Stirling Castle
Stirling FK8 1EJ

 

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